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一度や二度の悲しみじゃなくて

だいたい野澤と真田の話をしています

feel, no care to be powered

彼の足元には火の穂が揺らめいている。
ただそこにあるだけで、その熱は明かりを撒き粉を散らす。遠くの彼を見る度にまるでぱちりと爆ぜ続けるような音がして、僕は目を逸らすことができなかった。


それは、自分の身を焦がしてしまうことはないのだろうか。見つめ続けて思っていた。
はたにいてさえ熱量は肌を撫ぜた。時折耐えきれず目を細める。それでも彼から距離を取った後も尚、自分の胸が醒めなかったことさえ僕にはあった。彼の熱と僕とは親和性が高いのかもしれなかった。そのことを差し引いてまだ、彼への羨望と、憧憬とが混濁と入り混じった気持ちは、僕の身にも熱を点す。風がその熱を煽る。
どうして。どうしてこんなにも。
追いたいと思った。彼の辿る道を。彼の行く先を。
そうずっと、思っていたのだ。

 

 


そうして僕と彼とに、巡り合う時機があった。
風が止んだからか、熱は穏やかさを内包し、その人の身に纏っていた。制御できうる力のように。それは今は使われずとも、背後にある器の大きさを僕に示し続けていた。
やっと、触れることができる。はたで見ていることしか叶わなかった僕は、うれしくてたまらなかった。ようやくこの人と、居並ぶことができる。それだけの時を、立ち続けられたこともが誇りだった。ねぇ、これからどうしよう。どんなことをしていこう。話したいことが山ほどあった。僕はこの人の手を取りたかった。この人の、熱のかたまりのような手をとって、共に。
触れる。
思っていた以上に柔らかな手指だと、そう感じるよりも先に、胸がどくんと跳ねていた。

指を覆い重ねた自分の肌に落ちたのは、彼の涙だった。
驚いて彼の顔を見て、この人を真正面から見られたのは今までになかったのだということにさえ初めて気が付いた。目は自分の熱量が水分を溶かすように潤む。
この人は、火の穂の中心で水を湛え立っていた。
あれだけ問いかけたい言葉があったのに形を成さない。それはこの人もまるで同じようで、はくりと口を開いては声を出すことが耐え難いようにただ息だけを吐き出した。まるで、声にしたら決壊してしまうとでもいうように。その合間にもはたりと落ちていく涙は、穂に触れた途端にジッと音を立てた。
「どうして、…どうしてそんなに苦しそうな顔をするの」
「こわい」
「…なにが」
「火の穂は人を遠ざける。それでも歩いてきた。ずっと、ずっと、走るように、風に乗るように、だけど、こわい。いつかこの火が絶えたら?壁となるこの火が、ほんとうは絶えるべきものだったら?こわい、ひとりになることも、だけどこの火が絶えることも、僕は、こわくて、だけど、」

溶け出すように堰を切る。少し、血が上った。どうして、あなたは、
「どうしてあなたは目の前の僕を見ないの。こうしてこの手を、熱を焦がれてやまないものを掴んでいるのを見ないの」
叫んだ。なにが人を遠ざけるだ。自分がそう思い込んで、そういう生き方しかできないと思って、人に依ることをしなかったんじゃないか。誰も彼もが熱を疎むのではない。眩しさを直視できない奴らの所業だ。そうでなきゃ、そうでなきゃ、
「どうしてこんなにあなたに焦がれる人間が生まれると思うの…!」
ぐずりと僕こそが泣きじゃくりながら声を上げ続けた。互いの落とす粒がジッ、ジッと火の穂に吸われていく。水分を追うように穂は舞って、絶えず形を変え揺らめき続けた。
「あなたの火の穂は、こうして幾粒もの涙を吸ってきた。だのにこうして絶えない。飲み込んで強さを増してきたんだ。そうして歩いてきたんだ。だからこそ、ねぇ、あなたの後ろを見てよ」
呆然と僕の言葉を受けていた彼が、まばたきを幾度も繰り返し、その度にぱたぱたと涙を落としながら、振り返る。
そこには、彼がこれまで灯してきた火の穂がずっと、ずっとこの足元まで続いていた。
「消えないんだ。消えてないんだ。あなたの歩いてきた道も、これから行く先にある道も、火は消えない。あなたの火が消えるわけがない」
これまでを諦めるように後ろを見ようとしなかったから気付かなかったんでしょう。信じられなかったんでしょう。こわいと言うなら、僕が手をとったままその火の強さを指し示す。
「あなたが、強くないわけがない」
もう一度、震えるようにこちらを見返した彼を見据える。
へらりと、泣き笑いの顔になった彼は、手をふわりと握り返しながら、僕にこう言った。
「君は、雷みたいな人だなあ」

 

 

彼の足元には火の穂が揺らめいている。
まだ風は止んだままだ。かつては傍らにあったそれが、いつ隣に来てくれるとも、それは知れないことだった。
だから僕が。彼の手をとり隣に歩く。
安心してよ。僕の雷とあなたの火の穂は相性がいい。そう言うと彼はただ笑って、うんと頷いてくれた。

 

 

 

 

 

真田佑馬さん、入所13周年おめでとうございます。