一度や二度の悲しみじゃなくて

だいたい野澤と真田の話をしています

髪と銃

 

キクの体は硬かった。
高く跳ぶためにしつらえられてきたからだ。どうにもしようがない怒りを打ち付けてつくられてきた、その。
隣に寝転ぶと鍛えようのない髪すらちくちくと刺さって、熟れる前のいが栗みたい、と笑いながらずっと触っていたらへそを曲げられたことがあった。

 

あたしは自分の身を抱き込んで見下ろす。シャリ、と布が擦れる音がした。
あたしの体、湿り気を持った糸みたいな髪の束、沈んだベッド、そうしてガリバーさえもが生温い熱を蓄えていて、それ以外は雨の底みたいに冷えきったこの部屋の中で、キクだけが硬質で、冴えていて、鋭利な火を押し込めたような存在だった。
あたしの熱はキクに感化されて、でも頼りきらないであたしの温度を上げる。これが本来のあたしだって言うみたいに、穏やかに火照る身が気持ちよくて、キクの隣で笑みがこぼれた。
頭の重みで枕にもちくりと跡を残すのだ。懲りもせずにその髪に触るからキクはもうあたしを止めるのをあきらめたのはしばらくと前の話だ。
ただ、呟く。

「髪の長い奴と寝るのは初めてなのかもしれないな」
あたしは途端に沸騰したみたいに腹が立った。むかっとして引き抜いた枕を顔に叩き付けるとキクはそれを防いで怒ったように言いかえす。動きに合わせて舞ったあたしの髪に煙たい顔をする。(比喩とかじゃなくて、おそらくほんとうに鼻先を掠めたりしたのだ) 
「ハシだって、和代だって髪は短いんだ」
──そうして途端に冴えた。知ってる。知ってるわ。
ハシって。あの"弟"の名前だ。それから、そうね、それって
「──…あんたって、親のこと、和代って呼ぶのね」
「…そういえばそうだな?」
あたしが零して落とした言葉に、キク自身も今気付いたというような顔をした。


ねぇキク。
あたし最高にうれしいし、それから最高に虚しいのよ。
あんたがやけっぱちで誰も彼もと肌を求めるような人間じゃなかったからうれしいの。あたしに辿り着いて、あたしたちがパズルみたいにイビツで合うんだってことが最高に最高なの。
だけどそうよ。
あんた、お母さん以外の人をお母さんって呼べないのよ。

 


銃を手にしたキクを目の前にして、あたしはあんたのこと嫌いになりそうだった。
ねぇ、ねぇキク、銃なんて殺したって1人か2人じゃない。あんたとあたしはこの東京を沈めようとさえしてるのに、どうしてそんなもの使うの。どうしてそんな矛先の鋭利なものを、あんたは狙って、つがえて、そうして、
──…分かっているのだ。分かっていても認めたくないから追いやる。でも追いやっても追いやっても声は止みやしない。頭で鳴り響くからかき消すみたいに叫び声を上げた。
ダチュラを忘れたの!!!」


ねぇキク、銃はとっておきの相手を殺すためにあるのね。あんたを腹の中に詰めてた女を、あんたをコインロッカーに詰めた女を、憎くてたまらない大好きな、あんたのお母さんを。

 


あたしたちは漫然としたこの東京を白く塗りつぶす。だけど、あんたがそれを忘れてしまったっていうなら、あたしは銃であんたを殺してあげる。
あんたを殺すというのなら私は絶対に、銃を手にするだろう。

そうしてこの柔らかい肌で腹に抱えて抱きしめて、嗚咽を上げるのだ。


…だって、愛してるもの。

 

 

 

 

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コインロッカー・ベイビーズ2018、開幕おめでとうございます。