一度や二度の悲しみじゃなくて

だいたい野澤と真田の話をしています

この手で

「…おー、お、お、じ」液晶の中の文字を読み上げて顔をしかめる。気だるくもう片腕を上げて指を画面に押し付けようとしたところで、目当てにしていたものと違うことに気付いて読み返した。ああ、こっちだ。そうそ、しゅくふ。もう余計に伝わらなくないか。そ…

髪と銃

キクの体は硬かった。高く跳ぶためにしつらえられてきたからだ。どうにもしようがない怒りを打ち付けてつくられてきた、その。隣に寝転ぶと鍛えようのない髪すらちくちくと刺さって、熟れる前のいが栗みたい、と笑いながらずっと触っていたらへそを曲げられ…

ghoti

ちゃぷん、と沈みこんでしまえば微かに浮力を感じる。そこが狭い浴槽であってもどこか、頼りどころもなく漂っているように思えた。 目を開くのは怖いので薄く閉じたままでいる。変に屈折するのか光がちかちかと目蓋の裏で明滅した。こうしていると、催眠療法…

雑踏の中の寓話

年の瀬というものは損な役回りだ。異国の聖誕祭に浮足立った街が過ぎ去れば、今度は明くる年に向けて逸り出す。その合間の数日。余韻もなく切り替わる忘却と看過の日々。そんなことを言ってしまうのは過言だろうか。それとも。そんな言葉が不意に巡ってしま…

feel, no care to be powered

彼の足元には火の穂が揺らめいている。ただそこにあるだけで、その熱は明かりを撒き粉を散らす。遠くの彼を見る度にまるでぱちりと爆ぜ続けるような音がして、僕は目を逸らすことができなかった。 それは、自分の身を焦がしてしまうことはないのだろうか。見…

夜の最中の寓話

控えめに響いたノックの音は同居人のそれではないだろうと思い込んだのが原因だった。後輩のどちらかだ、そう考えたのは半分当たり半分外れる。扉の前にいたのは気まずい顔をしたタケとウタ、それからその真ん中で両腕を捕らわれたーー否、寝顔をさらして担…

生き物と僕とにまつわる寓話

稽古場を出ると、にやにやと楽しそうな顔に眺められる。「…なんですか」壁にもたれて待つという演出をするのも多少面倒くさい。いやまあこの人の場合そういう"ベタ"が好きな昭和の人間だからなぁと、こっちからも笑い返した。カオルくんは組んでいた腕をほど…

数と文字とにまつわる寓話

やぁー良かったなぁーと笑いかけて目を細めると、瞳に光が差してその黒々とした色が尚更印象を強める。少し首を傾げると同じように艶を持った黒い髪が揺れた。僕たちの中で一番年嵩であるにも関わらず、少年のように無垢な仕草を挟ませる。彼はこの人のこう…

Say anything, anything, anything

目の高さで赤い光が青に変わったことにふと驚かされた。そうだ。ここは、2階の部屋だったのだと、今更のように気付く。 夜、暗い中に浮かぶ光。その赤と青は、同時に灯ることはないのだ。窓に自分のうっすらとした姿。それだけを遠くで見て、そのまま足をけ…

栞さんは、「夕方の屋上」で登場人物が「好きにされる」、「靴」という単語を使ったお話を考えて下さい。

違和感に引きずられるようにぼんやりと目を覚ました。屋上のロッキングチェアで眠りに落ちていたらしい。いつの間にか夕刻にはなっていたけれど、大分温度はぬるかった。それでも風通しの良い、足先。 「…ソフィア」 何をしてるんだ、と言外に主張した僕に、…

中田裕二水曜歌謡祭出演に寄せて

ふと足下を見やると、それは微かに打ち付けていた。思わずたじろいだ。瞬間引いた足首が派手に水音を立てる。 その波はぬるかった。それでも、その温度に逆らって、そのからだは * 朝日は、寝台の傍らの椅子にただ座り込んでいた。何度も何日もこの部屋に通…

11月祭り 残滓

俺たちの町にスクランブル交差点なんてものはなくて、ただ代わりに四方に足を下ろす歩道橋だけが、俺たちが揃いに行く場所だった。 「後ろに相変わらず乗ってるのは1人だけだね」 俺が軽い気持ちでかけた言葉を彼はうっとうしく思ったのか、それまで外にや…