一度や二度の悲しみじゃなくて

だいたい野澤と真田の話をしています

共に行こうスターゲイザー ーー『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』及び『あんさんぶるスターズ!』における『星』分析

 

1つめが12月にスタライに入った直後のツイート。2、3つめがStar Diamondの歌詞カードを見ながらのものです。そもそもONLY YOUR STARS!という曲がものすごく良くて「輝きたかったんだ」から始まってしまう辺りがあぁさすがCan do!Can go!のような立ち位置と言われるだけの曲[要出典]だなと11月のライビュ後にも騒いでいたのですがもう本当に、去年は星々に振り回されまくっていたオタクだったわけです。眩しいの。4月のStarry Sessionに向けての年末ドラフト会議もめちゃくちゃ面白かったし、同じ月にStarry Stage 3rdもあるじゃないですか、ライビュがあると信じて入ろうかなと思ってるんですけど、ねぇあの、

 

さて何の話をしているんでしょう???

ここまでの文は19年振り返りブログでも触れた、舞台×アニメ二層展開式プロジェクト少女☆歌劇 レヴュースタァライトと男子アイドル育成プロデュースゲーム『あんさんぶるスターズ!』が盛大に混線しています*1。タイトルからしてそうですが彼ら彼女らの世界にはありとあらゆる場所に星々が瞬いているのです。セリフに、タイトルに、曲中に、何度も何度も言葉として。そうして双方の沼にだぷだぷと浸かって履修してきた結果もう現場後の興奮した頭が、

「あぁ、星ってなんなんだ?!!?!」

という思考に激突四散したのでした。そこで今回もまたKHcoderを使った歌詞分析に乗り出しました。楽しいねぇ。楽しいねぇ!!!

 

ところであんスタ、キャラクターのARライブと中の人ライブと2.5の人のライブがそれぞれあるので最初レポ絵とかを見ても実体がどれの場合の話をしてるんだ…?!って理解するまでにめちゃくちゃ時間がかかった。未だに迷う。順番にDREAM LIVE(でも呼称はスタライ)、Starry Stage、あんステフェスティバルらしいです。ちなみにスタァライトはStarry~で統一されていますが、2ndのタイトルは『Starry Desert』です。砂漠。舞台少女の?!ライブが?!砂漠?!と思ったそこの君はぜひ、スタァライトを12話まで、見てくれよな!!!(全12話)

 

で。

などと呟いたように、そもそもが「星」という言葉はその「輝いている」「遠くにある」という内包を以て人を指す言葉としても転化されてきました。更に「遠くにある」ことから「容易には手が届かない、辿り着く人が限られている」からこそそこに価値を見出だす視点と、「だからこそ自分は見上げていたい、掴みたい」といった視点にも繋がるのかなと思います。

というわけでいざ、語を抽出して「星」を探しに行きます。

 

 

【下準備】

・まず対象曲を選定します。スタァライトスタァライト九九組名義のシングルからで計22曲。

あんスタは「やっぱりまずは主人公格でTrickstarと、自ユニだし星って入ってるんだから流星隊でしょ、あとは対峙する立場だしそこに置かれるからには作中の志みたいなのが濃く反映されてるかもな…fineだな…」と思って3ユニット持ってきたら、見事にスターメイカープロダクション*2の皆様にお越しいただくことになりました。どこまで行っても!スターの因縁!!!

トリスタ8+便宜的にここに入れる形で『ONLY YOUR STARS』*3、fine7+旧fine(作中1年前編成。ここもポジションを考えると意思の強い言葉も多いかな…と思って入れたままにした)、流星隊7で24曲となり、案外スタァライトといい具合のバランスに。

ソロ曲は抜いたんだけど、それとレヴュー曲を対比するのってどうなんだろう。うまい具合に対照的になるんだろうか。

 

フリーソフト「Lyrics Master」を使って歌詞テキストをダウンロード、エクセルにコピペしていきます。ところで歌詞の横に曲タイトルとか作詞者とかも入力していたのですが(突貫でやったので分析に反映しきれなかった)、一通り終わった後『99 ILLUSION!』でミスっていたことに気が付いた。

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オートフィルの罠。

 

・エクセルを元データとして、同じくフリーソフトの「KHcoder」でいろいろやっていきます。まずは人称や特異な単語をきちんと抜き出すための設定。今回はこんな感じ。ここがちゃんとしてなくてマジで精度低いのでやり直したい。

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・その上で頻出語を抽出するとこうなりました。(上位約40)

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やっぱり!星多いか?!とは思ったのですが、特にあんスタの「star」では間違ってstartingも引っ掛かっていたり、タイトルを繰り返す部分も多かったので実質は半分くらいです。それ以外には「君」「夢」をはじめとして双方で重複する言葉も結構出てきました。

上の方で重複したものに色付け。f:id:bookmared:20200111220631j:image

 

ところでこの上位の「正義」って…まさか…f:id:bookmared:20200111220955j:image

自ユニですありがとうございました。

 

いやこの「炎」ってf:id:bookmared:20200111221217j:image

全部自ユニですねありがとうございました!!!

 

 

 

【文脈を見る】

KWIC(KeyWord In Context)という表示の仕方で、どんな流れでその言葉が使われているかを見ることができます。

スタァライト

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☆あんスタ

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こうして見るとざっくり、

 

★憧れの対象、目指す先としての「星」

スタァライト

導きの星」「だって見つけたいから キミと 一番星を」「舞台少女は歩き続ける 空に光る あの星に届くように さあ行こう」

☆あんスタ

「あの星にだって 一緒に届く」「輝きたかったんだ あの空で光る星のように」「運命の星へ届くから」

 

★人称としての「星」

スタァライト

「星よ キラめいていて」「だけどなぜか目を奪われた(Star shine)」「目の前の私を見てStar Diamond」「ずっと私を見ていた Star Diamond」

☆あんスタ

「未来かなでてゆく Rebellion Star」「僕らはブランニューなStar」「正義を歌うFive☆Star」「不器用な星の瞬きは 今の僕ら」

 

というところでしょうか。

特徴的かなと思うのは、人称とくくってもスタァライトにおける「star」は二人称(目の前で戦うあなた、もしくは舞台の上から私にキラめきを見せたあなた)で、あんスタでは一人称として使われることが多いのではないかということ。

(周囲について星と言うのももちろんあるにはあって、fineに多い印象です。「夢に息吹く星たちはまるで 世界を照らすようだね」。ところでそのラインで「輝きさえ失った星はいらない」「輝くこと出来ない星は潰える」など不穏なことを言っているのは″旧″fineです。面白いな。)

 

で、この違いがどこから来るのかなーと考えたときに、あんスタは自分と周りの仲間との他に「それらをまなざすファン」の存在が想定される一方で、スタァライトって徹底して「私とあなた」なんですよね。作中「客席の人間」って全くいなくて、かろうじてその象徴として介入してくるキリン(CVつだけん)と、あるいは5歳のかれひかなり8歳の純那ちゃんなりの幼少期の自分ぐらいなんですよ。

(ただここで安易に世界が狭いなどとは言っていただきたくない。スタァライトは一貫して、「一人ではなく二人で」を描いた物語です。ポジションゼロ(舞台のセンター)に立てるのは一人だけ、独りで立つべきであるなら私が、というひかりちゃんに「二人でなろうよ、トップスタァに!」と手を引き迎えに行くのが主人公たる華恋であるし、そもそもあのレヴューたちは「対話」と「変化」だというのが持論です。何せアニメのOPは『星のダイアローグ』なのですから)

 

それに対してファンに対して歌いかける夢ノ咲のアイドルたちは、だからこそ自称として星を使う。一人称複数と言う方が正しいですかね。

これはあんスタ側の上位にだけ「笑顔」が入ってることとも関係してるかなーなど。f:id:bookmared:20200111234830j:image

(まぁこれはあんスタとスタァライトというより、アイドルと俳優の差異というのもあるでしょうが。「夢は見るものではなく魅せるもの」と真矢様が言うように舞台でも観客を想定することには違いないのですが)

 

 

で。

抽出設定が杜撰すぎてものすごく大事なところを取り零しているんですが、『ONLY YOUR STARS!』の2番サビ前の「君はたった一人の、そうさ ″STARGAZER″」がすごい好きなんですよ。自分は必ず星になる、そのためにがんばるから、走るから、だからずっと見ていてって。「まなざしていてくれることは稀有で、だからこそうれしい、力になる」ということがそこできちんと歌われている。

けれどここで立ち止まるべきは、1番です。アイドルだからこそ「目の前の君」は即ち往々にして、「ファン」。だけどこの曲だけは確かに、「ステージの上、隣で立つ君」に向けても歌っている。二人称としての「星」がここには現れているのです。

「眩しい明日信じてるSTARS 同じ歌奏でるみたいに 集まったんだね」

と出逢えたこと、きっと ″STARTLINE″」

君という星がまなざしていてくれるから、今この瞬間にもここにいられるよと、そう。

 

 

 

「手を伸ばす きっとキミと二人 掴むから」

「高く遠いけど 一緒に来てよ」

星とはきっと、傍らにある星と共に目指すものなのでしょう。そんなことをひとまずの結論として。

 

 

 


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*1:Can do!Can go!はジャニーズ。元々はV6の曲で以降Jr.が歌う機会が多く、「ここから始まると信じたんだ」「ここから始まると言い聞かせた」などの歌詞が相まって「まだ何者でもない僕たち」が顔を上げライトの下で一心に歌っているような胸の締め付けを誘う名曲

*2:バージョンアップ後の「あんさんぶるスターズ!!」は所属事務所ができた。あとはコズミック・プロダクション、リズムリンク、ニューディメンション。https://ensemble-stars.jp/units/

*3:アプリのOP、言うなればテーマソング。元々柿原森久保歌唱だったのが、アルバムにトリスタverが収録された

「食べる」を「選ぶ」ーー2019年振り返り

さて2019、めっっっきりまぁーーー記憶が長続きしなくなりました。「何かに対して執念を持つこと」、「その主張しらしめのために精魂使って偏執を書き残すこと」に気力体力を使うのができなくなってきたとも言えます。これまで衝動で、ランナーズハイであるいは執着で何十もブログを書いてきた、その都度踏み締めていた足がすとんと崩れてしまった。

その要因の一つはまぁ10神ACTORを離れたことでしょうか。えっ前のブログたった4ヶ月前やんって話なんですが、
 

bookmared.hatenablog.com

 

あの時点であんなに感傷的に、それでいて前向きにいたのは決して嘘ではないんですが、いかんせん、いかんせんその後の運営がクソすぎてストレスが半端なかった。振り返りブログの冒頭が罵倒から始まるのもいかがなものかとは思いますがあっちが先に売ってきたケンカだこの野郎ぼてくりこかすぞという運営への気持ちで荒みまくったので、ここを処理しなければ進まなかったのです。

**ここから愚痴だから飛ばしていいよ!**
なんというか、私(語弊を恐れずに言えば「私たち」と言ってもいい。もちろんまだ彼ら自身の力を信じている人たちはいるだろうけども、こんなに一斉に人の心が離れていってる様を見ることも結構ないと思う)がこれまで好きだったものを運営が全部ゴミ箱に捨てた。それが躍進のために全力で舵を切ったもので私がついていけなかったんならまだしょうがないけど、お世辞にもあの運営に計画性があるとは思えない。いやー10人を3ユニットに分けるのは機動性の問題として分かるけどそうしてこれまでの曲が全然見られなくなってやるのがコスプレアニソンカバーって何やねん。で新番組が始まったと思えば本物か演出か知らないけどマネージャーが酒飲んで前代未聞の大赤字のお荷物グループって笑ってたらしいですね。一回も見てないけど。むしろ演出だとしたらそれを良しとする性根に引くけど。それで街中で一般人をスカウトして育てようとするって本体育てられてないで何言ってんだ??? 先日は前からずっとがんばっていた弟分グループが、これまで一回も単独イベントできてないまま1月末に解散ライブをすることが発表されました(キャナルで一回インストア的なのはあったけど、8月のサンパレスに立つ時間を獲得するためにチケット手売りノルマも抱えていましたね)。どっちかっていうとちゃんとした人材を放置していた運営が三行半叩き付けられてたんだとしても全然おかしくないし彼らにとっては足枷がなくなって却っていいことだと思いますが。いやそこ育てられてないくせに何言ってんだ???(2回目) また親しみやすさと馴れ馴れしさって全く別物だと思うんですが夏以降公式アカはまっっったく後者に落ちぶれてるくせにイキってて、言うなればあれ「推しと推しの会話に割って入るクソリプオタク」と同じウザさなんですよ。でその全体にさっき言ったような「お荷物グループ」、タレントをけなしてもいいみたいな空気が見てとれるのでめっっっちゃくちゃストレスフル。イベントも、「今は地道に、短時間でも露出を重ねていっての雌伏のときだ…」っていうんじゃなくて、いや単純に場当たりでやってんだろと。九州メジャーデビューって言ってこもったイベントのハコは天神のキャパ100ぐらいのところでそれって外の認知高めるつもりが見受けられないし日程発表の極端な遅さとかキャスティング後出しとか都合つけて来るファンの方のこと舐めきってるっていうかそれって集客の程度も読めてないって話ですよね今まで何やってたんだ???それでいつもいつも県外の方に負担をかけてるばっかり。ハイステ千秋楽でライビュがある日にバンドユニットのライブ日程をバッティングさせるのもスケジューリングって知ってるか???って感じだし、そうして最後にはあなたがたがフロントマンとして荷を背負わせてきた坂田くんの卒業ライブ、4/1、2の年度頭ど平日ですよ。いや人を集める気があるのか? というか彼に花道をつくろうって気があるのか???
**ここまで!!!**
とまぁ突き詰めればもっと微に入り細に入りあるんですけどそれで埋まるのもなんなので。ともかく、あっちが全部全部全部をゴミ箱に捨てたもんだから、すん…って無関心になってしまった。ような感じです。私の知らないところで大成してくれるなら良いです。
入れ替わりにというか夏頃のタイミングであんスタを始めたんですが、間違ってもていよく次の男に行くために殊更に砂かけしてるとか思われたくないんですよ175でもなし。お前のことはお前のこととして憤ってんだ聞いてるかSME
 
 
 
というようなことはとりあえず。
実際、ジャンル(ジャンル?)過渡期に当たって落ち込んだのは事実です。5年周期どころではなくこんなに早く10アクを離れることになるとも考えてもいなかったし、好きだって繰り返し繰り返し盛り上がってきたものを翻って攻撃して悪し様に言って、またその口で同時に別のものに好きと言うのが、ヒステリックで見苦しくしんどかった。また今好きなものをいつか攻撃するのか?と思うと自分の人間性が醜悪すぎてしんどくなったしいっとき心底オタク辞めたいと思ったけど、結局今に至ります。

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結論至った行動はなんというか、「自分の疲弊如何で自由にする」ことでした。人を攻撃するのは良しとはしないけど、これは自分の憤りや疲弊を誘発するな、今誘発されている状態だなと思ったらもう余計なものを摂取するのはやめる。拒絶する。あとは、今後も一生付き合うことになる自分のことをもっと軸に据えて、「自分をおだてる」「自分の機嫌をとる」方向にトレーニングをしていこうと思うようになりました。言うなれば「ジャンル:自分」です。
何せ人間1回目の拙さなので、世にはいろんなご機嫌取りアイテムがあることもそのトレーニン法も未知です。それをちょっとずつ意識して選択しだしたのが2019年だったように思います。 

 

例えば美容院ともちょっと和解の兆しができました(本当に大人か?)。なんというか美容院って、もうちょっとジムみたいな感覚で行けばいいのかなと理解しはじめて。ジムって行ったら前提に目的があってそこからトレーニング器械なりプログラムなりを組むしその補助のためにトレーナーの方がいるわけじゃないですか。それが美容院だといきなりこっちもそういうの当然分かってる前提でいきなりメニュー選ばされるんですよ。こちとら梳くもレイヤーも段を入れるも未だによく分からないが?!!?!いきなりAボタンを押すかBボタンを押すかではなくてキックが出したいかパンチが出したいかで選ばせてもらえないか?!!?!と。 …等々分解すれば美容院に対する苦手意識の根っこはこういう部分の通訳がずっと存在しないことにあったのではないかと理解したのです(ここに至って尚責任の所在を向こう側にしようとしている。でも美容部員さんはそこ親切じゃない?!!?!)。でまぁ、であれば、あぁ、私は髪のトレーニングジムに来たんです、私も努めますからトレーナーとして居てくださいと開陳すれば良いのかもしれないなと処理するようになりました。えっどうなんですか?みんなそうだったりするんですか? 19年行ったところの美容師さんがわりとそういうスタンスを受け取ってくれそうな人だったので、なんとか1月にもう1回行きたいと思ってはいます。思ってはいます。トレーナーがいてくれるならこっちもがんばるよ…。
 
 
自分が主ジャンル、というのは17年の「分ける」も18年の「変わる」もその萌芽ではあったんでしょうが、19年はそれをより意識的にしだしたというか。平たく言えば自分に都合のいい取捨選択を積極的にしていこうという態度に相成りました。物心つくのが遅ぇ。
というところで以下2019年摂取のまとめだよ!!!
 
 
 
 
◆トレーニングに際してテーマ(ソング)
燦鳥ノム『Life is tasty!』


Life is tasty!/燦鳥ノム【オリジナル曲】

サントリーの公式Vtuberの人のオリジナル曲です。歌がうめぇ。サビ前の
一人一人全部違う「生き方」の香りを
好きになれるように愉しめるように
ふわりと、気楽に考えてみませんか?
この1番もいいんだけど2番の
貴方のために準備されてるこの世界の味を
好きになれるように愉しめるように
ゆるりと、気楽にお付き合いしましょうか
が非常にありがたく好き。この世界には!私のために!何かが準備されている!うわぁーーー疲弊を煽る邪悪など知るか私は私のために!楽しんで生きるんじゃワレェ!!!という気持ちになります。(曲はもっとかろやかだよ)
 
 
はらだ有彩『日本のヤバい女の子』
 
こんな文脈で軽率に引用するのは己の力不足が露呈しすぎて非常に不本意なのですが、世の人に読んでほしい御本なので…(私が触れるまでもなく既に広く読まれている)。
昔話に出てくる女の子たちの設えられた役割を取り払いその素顔を覗き込んだとき、そこには現代の私たちとまるで変わらないような感情があるのではないか?
「ーー昔々、マジで信じられないことがあったんだけど聞いてくれる?」
そうして感情を分かち合って、たくましく生きるための糧になる御本。私が特に好きなのは「CASE STUDY 7 第二の人生とヤバい女の子ーー鬼神のお松」です。
 
まもなく、第二幕が始まります。お手洗いやカフェに立たれているお客様、戻られてもそのままぷらぷらしていただいても結構です。ただし開演のブザーはけたたましく鳴り響き、会場内の照明は演出のためいったん消灯いたします。上映中は携帯電話の電源をお切りください。少しでもうるさくするようならこちらにも考えがあるぞ。ご気分の悪くなられたお客様は、各自でどうにかしてください。きっと私、せりふに夢中で気がつかないと思うから。
 
いくつかweb上でも公開されているのでぜひ。
続刊『日本のヤバい女の子 静かなる抵抗』もあります。
 
 
この二者を陽光と烈火みたいな感じで極にしている。
 
 
 
 
◆下地に敷いたもの
気兼ねなくアクティビティを書き留められるサービス「Trickle」

細かいことは制作者の方や使用された方々のブログに詳しいのですが、属人ではなく「属トピック的」ゆるやかひとりログがTrickleです。
ツイッターだと「私を」フォローすると自動的にいろんなジャンルが分離しきれず混線して流れてくるわけでそれが副流煙的な良い面でもあるけどw、対してTrickleは「トピックを」フォローする形式です(用語的にはサブスクライブ)。今私のつくってるトピックはこんな感じ。
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見る側は私の日常や特定のジャンルに興味がなければそこは最初から眼中に入れないという選択ができるし(それでも私が完全に仕分けしきれてない感はあるけど)、私は私でそれを理解した上で見ている人しかいないと割り切ることができるとなんとなく意識が自由になれる。特にあんスタは気軽に撮れるせいでスクショ芸が激しいので、それを躊躇なく放流できる場があるのはハマりたてのこの時期にとても良かったです。
 
私はたぶん、どちらかというとツイッターを「無尽蔵な読み物」としてではなく「頭の中で廻る有象無象の思考を吐き出したい」場所として必要としていたんだと思います。その上で私の場合どうにも現状ツイッターだと「人に見せる」を意識しすぎてしまうきらいがあって、それは文ひとつとっても「〜なんだけど」とか「〜と思ったら」とか前置きをしてしまいがちな辺りに顕著だったのですが、Trickleを使い出してから本当にしょうもない一言を垂れ流して頭の外に出せるようになったので頭がちょっと軽くなりました。マジでとりとめないことを放流している。
 
そもそも字数制限が(たぶん)ない(200字で畳まれる)のでただただ吐き出すのにはめっちゃいいし、後から誤字脱字の編集もできるのももちろんですが、地味にいいのがトピックの変更もできること。単純に誤投稿を編集できるのもあるし、例えばこれとこれだけ他のトピックに避けさせた上でそのトピックを消すとかもできるんじゃないかなー、と思います。ツイでアカ分けしようとするとその都度メアド用意しないといけないけど、トピックの増設閉鎖はすぐできる。良いです。
あと若干ネガティブに言うと、今ツイログをあさろうとすると必然的に10アクのことが混じってきてストレスなんですよ。後々そのトピックを隔離できるという使い方も、一つなのかなと思ったりする…ね…。
予想外に活用できているのは「☆」トピックで、気になった雑誌の付録、店頭の商品、読もうと思った本等々、ツイッターのふぁぼをより広く使えてそこだけ辿れるっていうのは結構便利です。
もし要望が上げられるなら、画像やツイの共有ができるようになれば楽だなぁーというのと(その都度Trickleの方から添付とかコピペしないといけない)、スクロールバーほしいなぁくらいです。(たぶんスクロールするほど大量にログを残す使い方が想定されていない)
ひたすら垂れ流したい同志にぜひ。
 
 
 
◆自分のテンションを上げた買い物
マジョリカマジョルカ ラッシュジェリードロップEX

www.shiseido.co.jp

まつげ美容液。かねてよりご説明を重ねてきたように髪が細い私はまつげも貧相だったので確かGW後ぐらいから使用開始して、かなりすぐに「私に⁈下まつげがある⁈」「まつげ⁈混み合ってきました⁈」等変化が出た覚えが。あと9月ヒプマイのライブ後ぐらいに、ほら黒目の上って同じ色だから分かりにくいじゃないですか、それが「ここにも!まつげって生えてんだな⁈」って感じで存在感が出るようになった。気がする。たぶん長さより密度と強さを高めるやつなので元々毛量の多い人がどうかは分からないですが効果が分かりやすいので楽しかったです。いかんせん目そのものが小さいので何ですが。
あと私、ずっと髪のこと少なくて細いって言ってたんですけど細いだけで本数は普通らしいですよ!19年初めて美容師さんに教えてもらった!マジでそっから!!!
 
 
TOCCA ハンドクリーム ステラ

シブヤのディビジョン曲が良かったのはもちろんですが今年の主戦場がスタァライトおよびあんさんぶるスターズ!な上に自ユニが流星隊ともなれば星モチーフが集まらない道理がない。ブラッドオレンジの香りということでとても良いです。で、私の場合「よい匂い・手触りのハンドクリームを手にした」ということ以上に、「ハンドクリームを日常的に塗布する生活になった」こと自体の方が主題なんですよ。マジでそっから(2回目)。なので易きに流れる私はネジ式蓋のステラより安価のパコって開く蓋のクリームの方が開けてるといえば開けてるくらいなんだけど(お前…)、それでも十分「今までと違う」ができているのでそれでいいです。
 
 
uka ネイルオイル 7:15

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ただしハンドクリームでもさかむけがなかなか頑固で治らなかったので、前からマニキュアほしいなぁーと思っていたukaにこういうのがあると知って買った。小市民根性でこの大きさに3300円出すのにおののいたが買った。結果、すげぇ。すげぇ心が潤う。こんなかわいいもので己の身体を気遣っているという行為が非常に己の機嫌をとる(さかむけ治療は途上というところ)。容器が磨りガラスなのと、あとukaのマークってかわいいですよね。実際、時間帯イメージで複数種類ある中で好みの匂いのものを選べたので自分の指先からいい匂いがするのが良くてつけた後必ず嗅いでえへらっとしてしまいます。
元々紅茶の匂いが苦手で秋口は金木犀の匂いで死んでいるような人間なので匂い系のものはせいぜい軽い柑橘系ぐらいしか無理と思って避けてきたんですが、7:15はサンダルウッドというやつだそうで。自分が手に取れるものの可能性が広くなったと思えるととても良いですね。
 
 
セシェ・ヴィート

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ネイルを綺麗な見栄えにしたい欲。先述のTrickleで綺麗なセルフネイルをされているトピックを拝見しているのですが、そこから情報を得たすごいつるっつるになるトップコート水分があってぬめりのある滑らかなガラスというかめちゃくちゃ磨き上げた碁石というか(触ったことない)めちゃくちゃいい手触りになるので面積の広い親指の爪などをよく触ってしまう。むふってなる。良い。
 
 
マイクスタンド

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楽しい。 
 
 
 
◆19年の主戦場
少女☆歌劇レヴュースタァライト
18年から引き続き。7月に舞台#2再演、11月に3rdライブとそのディレイビューイング、それらに関連する各種つべ配信があって、それから今年になりますが総集編と完全新作のアニメ劇場版が決まっていて、当たらなかったけど遠足のレヴューがあって、4月にはバンドライブと大運動会があって、7月に舞台新作があって、…もりもりすぎでは?!!?!
直接の関係ではないですが10月にははるちゃん(岩田陽葵さん)がTCG講習会の福岡会場に来る機会があったので気後れしつつ生のはるちゃんにカードゲームを教えてもらった上に握手してちょっとお話するというイベントをこなしてしまいました。はるちゃんかわいい。はるちゃんめちゃくちゃかわいい。講習会中1メートルくらいの近さにずっといたのに現実味が全くない。握手の記憶って1秒で消えるのなんでなんですかね???
 
 
あんさんぶるスターズ!
そもそも友人に18年末に瀬名泉を巡る三角関係のプレゼンを受けていた下地があったのですが(布教ではない。なぜなら高校時代の友人面子は趣味嗜好が全く被らないし互いの違いを理解しまくったまま云年続いてきたので自分と同じものにハメようという気がさらさらないからです)、上半期現場を制限していた時期に支部先行履修という悪い進研ゼミをとってしまったのが運の尽きでした。いや違うな、先に2月頭に中の人ライブ円盤の販促CMを見たんだな。ハマ(浅沼・神尾・駒田各氏)とか帆世さん(ぬまてれで木島さんと出てた)とか顔の分かる面子がいるのが面白くてそこから支部だ。で、いや、支部先行履修がいいとは思ってはないんですが、落ちたんですよね。守沢千秋に。いやーーー私、分かりやすすぎないか? 実は友人には衣更くんかなと勧められていたんですが、この間会ったときに「衣更くんも好きだけど、けど衣更くんも仕事で死にそうではあるけど自分が死んだら悲しむ人がいるって分かるからちゃんと踏みとどまるじゃん、でも守沢さんはさ、…死ぬじゃん…!」と己の業を語ってしまった。もう諦めた。私の推しはみんな麻宮サキに帰ってくる。分かった。分かったよ!分かりましたよ!!!
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千秋くんちゃんと周りを頼って生きて…。
 
で、試験終わって8月からアプリ本体を始めたところ、ちょうどアニメ放送が始まった後のタイミングだったので過去のイベントが簡単に読めるようになっており、うわー!読むものがいっぱいある!うわー!!!ってなってだかだかやりはじめました。これまでソシャゲってまだるっこしくて全然できなかったんですが(自由度が高いと疲れる。スタリラもチュートリアルでがーってなって閉じてしまった…)、あんスタは適度にタップしていればきちんと中のブラックボックスが機能して続けられて難しくないのも良かった。アプリでおおよそストーリーを読みまくって好きな子たちは千秋くん、しのむちゃん、みかちゃん、友也くんです。しのむちゃんというのは忍くんのことです。気持ちが悪いですね。まぁこの辺りにとち狂った様を見たい人はTrickleのトピックを見にきてもらえたらいいかと思います。
 
で。これまでアイドルなり、三次元の人を推してきたのでやっぱりアイドルとか人が目の前で動くコンテンツって楽しくって。ARライブのライビュにも3回入った。この間久々にMMDを見て思ったんだけど、ボカロのみならず今の世代ってMMDネイティブでもあるからああやってキャラクターが歌って踊ってっていう様にもすんなりそういうものとして受け入れて興奮する素地があるのかもなぁ。みんな生きてるものとして本気で叫んで本気で演奏して演出を当ててた。楽しかったです。
 
 
 
19年得た総括。
現場が好きです。現場をずっと摂取していたい。
舞台でも映画でもライブでも、2時間3時間拘束されて眼前にいろいろなものを見せつけられて。脳がぎゅるんぎゅるん動く。舞台中スマホ切れよって注意ってよく回ってきますけど、私はスマホを切る瞬間ぐらいにぐっと心臓が重たくなる。あぁ、ここまで来てしまった。何を見せられるんだろう。私に受け止める体力があるかな。あぁ、ここに縫い付けられてしまう時間を選んでしまった、そうでなければ安穏と、だらりと歩いていられたものを、あぁ。ーーそうしてすごく重たい心臓で硬直して迎えた幕の向こうで、結局いつも私はきらめきに、眩さに連れ去られてしまうのだ。
現場の後は日常では出てこない言葉たちがとめどなく溢れてくる。私はそうやって開かれる私の言葉が好きで、そうして私に世界をくれる人たちのことが好きで、20年も、できればたくさんの現場に入れればいいなぁと思っています。それを当たり前の顔して迎え撃つために私は私の日々を上向きにしていく。私はそれを選びたい。
2020、好きなものだけ食べていくぞ。
 
 
 
 
 
*
好きだった自分の現場後垂れ流したち
 

 …ヒプマイ4th LIVE後 アリーナやべぇほど近かった

 

 …3年ぶりの真田に

 

 …ONLY YOUR STARSはほんと良い曲ですね…

 

 …言うなれば道枝ラインです

 

 …森羅って日常で出てくるわけでもないんですがあの瞬間は確かに思ったんですよ

  

 …生きてるんですよねぇ 彼ら 生きてるんですよ 私たちの目の前にいる限り

 

 

 

 

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あっあと今年はいい加減試験に受かるのと、絵の練習します!

 

 

愛惜の花束を君に

 

「さよなら、10神アクター」*1。今日行なわれたライブのタイトルは伏線通りの回収がなされてしまった。
我々と10神ACTORとがではない。
メンバーのフロントマンとも言える坂田隆一郎が、来春でのグループ脱退を発表した。
メンバーには相談がない状態で。福岡サンパレスという大きなステージの、その壇上で。*2

 

 

そもそもは18年10月九州ツアー初日長崎にて、サンパレスでのワンマンが告知されたことに始まる。サンパレス。その図抜けて格別感のある会場に私たちももちろん、メンバー自身も興奮に逸っていた。どもるように何度も「サンパレスよ?!」という声を繰り返した。
開催が近付いてきた5月、タイトルの発表である。「さよなら、10神アクター」。この疲弊を煽る邪悪。急に提示されてもまぁあれなのだが、実際のところ、そこに至るまでの間にこのタイトルを受けて「本当にそういう可能性もあるのかもね」、という考えを頭の隅に留め置く空気があったのも否めないのではなかっただろうか。冠レギュラーの終了、片や始まった連続ドラマの放送局の偏り*3SONY所属のグループを越境させた歌唱ユニット(10神ACTORからは3人が加入)の東京での仕事。そういったアンバランスさに対してのおそれは、ある程度の受容態勢をつくりあげていたかもしれない。本当の解散、あるいはメンバー減。
そのさなかでライブに先んじて、9月に九州限定メジャーデビューとしてアルバムを発売すること、この10人でのデビューであることが報じられた。それでもライブは「さよなら、10神アクター」なのだ。元々ドッキリなどが嫌いなタチだというのもあって、そう提示する意味が私には分からなかった。*4

 

そうして迎えた当日。結果として私たちは油断したのだ。


夜の公演を控えて11時、前日に突如始まったカウントダウンがゼロになった瞬間、9SPなるページが更新され、複数の内部ユニットが発足する旨が示された。本体グループは並行するのか休止状態になるのか、またそうなった場合露出の差が生まれてしまうのではないか、…そういった疑問を余所にそれは、30分ほどして見られなくなる。そこには新たに21時をゴールとしてタイマーがセットされていた。ライブが終わる頃。まさか、明確な区切りを設けて行なう性質のはずのものですら「間違って」やったのか? 少なくとも私の運営への評価は「それがありえなくない」という信頼の低さだった。*5 *6

 

そうして始まったステージは、「ライブ後に解散を告げられる未来」を知りタイムリープした2名を契機にしてその未来を変えることを目指し全力でライブを行なう、という筋で展開された。楽しかった。叫んだ。馬越くんがかわいかった(ライブになると99.9%馬越くんしか見えなくなる。ダンスがタイプすぎるので…)。
「解散?何の話だそれ」
ラスト、スタッフの応答により未来は更新された。そこから目まぐるしく発せられる9SPプロジェクト、そうしてドーム公演。SONYが主導し複数の九州ユニットに競わせた上位9組により、10神ACTOR単独ではないとはいえ、22年にヤフオク!ドーム公演を実現させるというのだ。夢物語のような展開。ドーム?ドーム?!ドーム?!!?!
フライング疑惑の内部ユニット結成もその一環だった。各々の曲も披露される。それが入るアルバムのジャケ写もめっちゃかっこいい。
なんだ。「さよなら、10神アクター」というタイトルに依るあれこれは取り越し苦労で、疲弊もしたしプロジェクトの具体的な展望はまだよく分かんないけど終わり良ければ全て良し、ある意味茶番、予定調和だったのだ。「解散、ないんだって!」そう走り込んできた、お芝居のように。

 


そうして最後に彼がその油断を、すべてをひっくり返した。彼はずっと爆弾を抱えていたのだ。
「僕は脱退します」
「この9SPプロジェクトには残るけど、10神ACTORの坂田隆一郎として立つのは、来年の春までです」
油断していた私たちが初めそれを本気だと受け取らなかったのはともかくも、壇上のメンバーが、いちばん下手側の彼に居向いたまま、皆、絶句した。
いや、いやいや、さっきまでのは手玉が分かっていたからこちらは油断してたけど、これも嘘でしょう?ステージの上の皆は分かっててやってるんでしょう?坂田氏の深刻な言葉も、思わせ振りな演技でしょう?と。

そうした胸のざわつきが真実のものだと知ってしまったのは、岡くんが泣きはじめたときだっただろうか。誰がどんな順番でどんなことを言ったかはもう正確ではない。
ただ、岡くんは先述のドームプロジェクトを出して「そのときそこに立ってなかったら絶対に許しませんからね」とぼろぼろに泣きながら見据えて言ったし、「補足するけど」という言葉を確かに使って「俺たち9人だけじゃなくて、抜けた坂田のことも応援してほしい」と言い「ドームのときに『抜けんどけば良かった』て言うなよ」と茶化した馬越くんがその後最後の方には歌えなくなったこと、普段トークで前に出ることの多くない健登が自分から発信して、「りゅうくんが決めたことやけん、それがいいと思う」と言ったこと、裕貴が折に触れ「俺らも戸惑ってる、ドッキリとかじゃなくて本当のことと思う」、と話の筋道を立てようとしたこと。北田くんが最後に「りゅうくんに大きな拍手を!」と大きく手を上げて言ったこと。松島くんはその告白の後何かにつけ「皆で歌う『最後』になりますから」、と繰り返し言っていて、あれはいつものMCとしての進路づくりという以上に、そんな爆弾を投げて寄越した坂田氏への当て付けのようであったかもしれないなどと思う(松島くんの実生活一人っ子に近い末っ子性質好いてるので非難ではないです。いかにも、いかにも人間ぽいなと思う)。慎さんも確か何かを言いかけては場を開くまでのものではなかったし、マークさんモトはずっと黙ってたんじゃないかな。
それぞれが、それぞれ必死に感情の処理をしようとしていた。

 

 

ちなみに先程も言ったが私は舞台はともかくライブの現場に入ると99.9%くらい馬越くんしか見れなくなってしまうので、坂田氏が公演中どういう表情をしていたかはあまり分からない。ただ私がちらりと掠め見た限りは、とても、とても楽しそうだったと思う。

 

 

告白を述べる中で、「ソールドアウト、…ソールドアウトだけがすべてじゃないんだけど」という言葉が出た。18年3月の福岡市民会館、そうしてサンパレスの公演は、満席には届いていなかった。それを苦渋の声で発するのは、フロントマンとしての彼だった。

 

 

私は以前こういったことを言っていて、もちろん皆が確実に変わっていっているのだろうし表に出て分かるものだけで判断すべきことではないんだろうけど、途中から参入してきたオタクにとって坂田氏は、「いちばん変革した人」だった。
ロシア系とも間違えられるような整った顔立ち、バンドのボーカルなどの経歴等々にて「王子」という冠は早いうちからあったにせよ(あるいはものすごいゲラな素とかも出てたにせよ)、映像で見る当初の坂田氏は、少し脇の位置でなよやかにいるような印象の人だった。けれど私が初めて見た10神ACTORの舞台『ピボットターンで振り向いて』の主演は、彼だった。遅くともこのタイミングにおいて以降の彼は、明確なリーダーポジション不在のこのグループにおいて、フロントマンであると上から位置付けられていたように思う。そうして彼が、それを背負おうとしていたとも。

 

 

彼が勝手すぎるとも、残りのメンバーは彼に背負わせるしかないほど力不足であったとも私は決して思わない。けれどもしかしたら、だからなのだ。皆、皆が精一杯で、それでも夢みたいな「ドームを満員にする」という現実にはまだ遠い、遠いとしたら。
それを突破するには痛みを与えるしかなかったのだ。自分と、大好きな人たちと。そうして私たちに。
「覚悟を決めよう」と。

 


最後に皆で歌わせてくださいと彼が言ったのは、10神ACTORのデビュー曲だった。
『Chase Your Dream』。
それまでメンバーのやりとりを息を震わせて見ていた程度だった私が、この日初めて映されたモニターの歌詞を見て、あんまりだと泣いた。あまりにもできすぎている。歌が跳ね返るとはこういうことか。

 

進め!進め! 足跡つけて 何か見える日まで
届け!届け! 描いた通り 君は信じて進めば良い

一人きりで 何も見えず 手探りの闇も 自分信じ 止まらず進めば 明かりが差す

 

 

 

大きな、大きなハレの舞台。それを彼は台無しにしたとも言えるし、一方ではここにしかないタイミングで楔を打ち込むことを選んだのだとも、言える。私にとって彼は、後者なのだ。

 

 


以前のブログで歌詞分析を行なったときに、10神ACTORの曲には「僕」よりも「僕ら/たち」という言葉の方が多く、そうして「君」と交差し道を、力を分かち合うような場面が一貫して述べられている、というようなことを言ったことがある。
坂田隆一郎。「君」が「僕ら」と別れたあなたになってしまうとは思いもしなかった。

 

立とう。皆でドームに。そのために君も僕らも、そうして私たちも、前に旅立つのだから。

 

 

 

 

*1:正式には「さよなら、10神アクター ~発表ましまし☆~」。ましまし☆じゃねぇわボケ

*2:ちなみに以下「坂田氏」と呼んでいるのはいつも通りのことであって、別に今回のことで他人っぽく扱ってるとかではないです。

*3:全国10局ネットとはいえ、それまで冠を放送していた九州4局は福岡を除いて切られた形となった。

*4:これは「意図が掴みかねるな…」というソフトなやつじゃなくて「それをやる側の人の神経が理解不能」というやつですよ。

*5:例えば15日、台風に伴う物販実施判断ツイートを行なったのは、その前日に自ら告知した時間より40分ほど後のことだった。

*6:結局この件については真偽はよく分からない。分からないけれどまずそもそも「発表ましまし☆」とサブタイつけてライブやるのにその時間以前にカウントダウンが完成するHPって意味分かんないですからね。できたHPも結構杜撰だからなお前。

Drink undrinkable ーーシノギ(Dead Pools)につき一説

水はどういった容器に入れどれだけ傾けようと自ら水平を保つ。だからこそ一見無関係でありそうな「法」という字の部首はさんずいなのだという説を昔聞いてなるほどなぁと思ったことがある*1。平らかにあれ、平等にあれ、公平にあるための寄る辺となれと。

この記憶が引きずり出されたのは、MAD TRIGGER CREW『シノギ(Dead Pools)』の全体があまりにも、暗々とした海/液体のイメージで一貫し作り上げられていたからだった。



ヒプノシスマイクにおいてヨコハマとカナに開かれた地名そのものに最早表意は読み取れないが、現実の私たちはそれが海に開けた地であることを知っている(また作中でもそこが「みなとみらい」と冠されていることは明らかにされている)。これは他の3ディビジョンにはない特徴であり、だからこそその情景を描く上で有意に働く。
単純な背景セットの話ではない。言葉の選択、引いてはそれらが立ち上げる匂いと感触の話だ。


左馬刻が声にする「泳いでる」「プール」は連なったイメージとして分かりやすいだろう。水中を行き交うように自由にすれ違う人々。好きなだけ「泳が」された対象たちが住む場は、理鶯に「なみなみと注がれた欲望のプール」と再起されることで個体/固体ではなくやはり液体のイメージを提示する。それをMTCが「飲み干す」のだ。
そうして銃兎のイメージ形成は更に作為的である。「金と暴力にまみれ溺れ」るという一定程度の定型の後に「毒も皿まで飲み込める」と続けられたそれは、“毒を食らわば皿まで”という成句を捻り切っているのだから。*2



この曲において“食う”というのは左馬刻冒頭の「顔で食ってる商売」と銃兎の「正義とやらでおまんまが食えてるならば」の2箇所のみで、それらは両者とも、典型的な字義ではなく転じた“生活をする”という意味合いに絞って使われている*3。もっと平たく言えばそれは“生きる”、である。


彼らの生き方はきっと"飲む"ことなのだ。噛んで千切って吐き出す好悪選択の余地はない、「全て」を「飲み干」して、生きる。*4





頭の一説を思い出した後軽い気持ちで、ヤクザと警察というある意味法に近しい者、「ドクトリン」を掲げる軍人をヨコハマに配置するのもなるほどかなぁ、などと思ったりした。



左馬刻がいちばん初めに提示した言葉は「Life is not fair.(公平なものなど存在しない)」である。*5
海の街ヨコハマで「全て」を「飲み干」して強くあろうと生きる君とMTCは、ある意味公平かもしれないね。




.

*1:そもそも「法」の元の形はかなり複雑で右上に霊獣を表すパーツがついており、字義の成り立ちにはそれを踏まえる必要があるとする http://kanjibunka.com/kanji-faq/mean/q0302/ ただ一応やはり一説として水の性質を考慮に入れたものもあるようである http://kanjibunka.com/kanji-faq/mean/q0342/

*2:https://kotobank.jp/word/%E6%AF%92%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%82%89%E3%82%8F%E3%81%B0%E7%9A%BF%E3%81%BE%E3%81%A7-582415

*3:https://kotobank.jp/word/%E9%A3%9F%E3%81%86-482263

*4:https://kotobank.jp/word/%E9%A3%B2%E3%82%80-597428

*5:https://hypnosismic.com/character/yokohama/mr_hc/

お前はその愛を外から見たかーー劇団番町ボーイズ☆×10神ACTORコラボ公演『甘くはないぜ!3』<ウラ>

お前はその愛を外から見たかーー劇団番町ボーイズ☆×10神ACTORコラボ公演『甘くはないぜ!3』<オモテ> - 一度や二度の悲しみじゃなくて
<オモテ>で澄ましたブログも書いています


舞台『甘くはないぜ!3』の千秋楽ほぼラスト、それまで見たことのなかった緑色のライティングが縦横に走った瞬間はハテナマークを大量に浮かべたのだが、そこから喜界先生が喋りだしたところで「あーーーー!!!あーーーーっ!そう、そう来るか!!!そう寄越すか!!あーーーーうわーーーー!!!」とボイスレスで絶叫してしまった。


何が起こったか。そもそもそこは幕末に来てしまった千代太を喜界先生がタイムマシンで現代に送り届ける場面だったのだが、最終日に辿り着いたのは恐竜の時代だった*1「訳の分からない時代に飛んだことに」混乱する千代太と「いつもと違うことを見せられている衝撃に」混乱する私たちの前で喜界先生は話し始める。
「わしはずっとタイムリープをしているんだ。誰がどんなことを言うかもう全部分かっている」
「けれど流れを変えちゃいけないからね、同じような感じで相槌を返している」
「わしとお客さんだけが同じスタンスなんだ。あー、意味が分からないよな」
「でも毎日毎日おんなじだとつまんないからね。大喜利とか、投票の結果とか、わしがいじってたの」
「今日が最後だから、ネタバラシのスペシャルエンディングにしたんだよ」


…こんな、こんな展開をぶちこまれてオタク叫ばずにいられようか(しかも我が推しがその役目を担っている)。というかそんなことを突然言われたので記憶が混濁しすぎてセリフがあやしい。もはや喜界先生の一人称からして自信がなさすぎるがコラボ公演であったおかげでDVDが出ますありがとう。


確かにまぁ、喜界先生はアドリブしないなぁと思ってはいたのだ。冒頭の常吉くんに始まりパワフルな客演の方々の暴走もあって結構みんなアドリブをしまくっていた印象なのだが(振り返ってみるとあとは餡之丞・柚之介組とか饅次はあんまりなかった?かな?)、そのため10神の中でも不動の演技の馬越くんが歯がゆくて、そういうお遊びが!私も見たいよう!などと思っていたのだ。それが。それがだ。それがだよ!!!浅はかなオタクめ!!!



などと殊更に反応するのも、以前私自身がこういうことを言ってしまっていたせいだった。
以下は、昨年8月の10神ACTOR人狼TLPT公演に寄せて残したブログの一節である。

与えられる1。それはこの舞台の全であると同時に10に基づく欠片である。
これは上記のような本家ースピンオフといった関係から言えることだが、私個人の感想を言えば、それだけではない。
繰り返すようにTLPTの要は「今をおいて他にない、たった一度の物語」と銘打った脚本なしのアドリブ芝居に拠るのだが、その日々の、毎回のズレが見ている私に奇異を感じさせたのだ。
ナナに召集されC7ユニットの強奪に乗り出すメンバー。成功から一転、人狼ドラッグの服用者が出たことで互いを疑い合うデスゲームが始まる。その都度役割は違う。また違う者が死ぬ。何度めかの朝に人か、人狼か、どちらかが勝利宣言を下し幕は降り、――そうしてまた初めから物語が繰り返される。それはまるで、ループ世界を踊らされているようにも見えたのだ。

私達はそれを外から見る。別の世界線の彼らを知っている。まぁ演劇というのは公演を重ねる反復活動ではあるしちょっとした日替わり要素があるのはよくあることだが、至る結末が全く違うという舞台を見るというのは初めての経験だった。にもかかわらずだ。明くる日の舞台はまた、もう一度、何度でも、そう繰り返し何食わぬ顔で幕を開ける。これが奇異でなくなんだというのか。
(中略)
あるいは、「ナナがこのループを楽しんでいるのだということこそ、この舞台の大枠なのかもしれない」などと思い至った日さえある。

bookmared.hatenablog.com


この話なのだ。まさにこの話なのだ。なんというかそれなりの文が書けたと思って満足していたら作り手からまんまとリバースカードオープンされたような気分である。楽しい。オタク!めっちゃ楽しい!!!
我々は、外から見る高揚をも許されている。

ちなみにこの間のリリイベ握手会に参加できたので馬越くんに「喜界先生のタイムリープ設定っていつから決まってたんですか!」と一生懸命聞こうとしたのだけれど(かわいくて眩しくて直視できないし非常にテンパっている)、剥がされたので質問を投げたところで終わってしまった。隣の坂田くんが笑っていたような記憶だけがうっすらとある。握手会強者になりたい。無理。




そもそもこの『甘くはないぜ!3』という舞台について、果たして観客ってどのスタンスでいればよいのだろう?というハテナを抱えて現場に入っていた。みんなどうやって投票してるんだろう。本当に単純にチョコの好みで?どの役かに感情移入して?好きなメンバー(役ではなく本人)を勝たせたいからとハナから決めていて?あるいは、これまでの戦績に押されて?
観客の投票結果による二択のエンディング。実際のところはエピソードの順序が少し入れ替わるぐらいだったので、二択の持つ意味とは実質「餡之丞が勝つか天使郎が勝つか」だった。おそらく福岡に限ってこと極端に言えば客席のその関心事は「『天使郎が』勝つか負けるか」だと言い換えてもいい。そこで注視されるのは大局ではなくもはや「主語」だ。天使郎が、それを演じる坂田隆一郎が、彼が背負う10神ACTORの看板が、どうであるか。この現場に観客は、単純な演劇だけではなくその外に纏うものを込みにして見にやってくる。

まぁ私がTLで「天使郎さま勝たせたい」という人を多く見ていただけなのかもしれなくてそうした人が実際どれくらいの比率なのか分からないし、あとは観劇のスタンスには優劣があるかとかそういう話はしていない。ただ持っているのは、何があの戦局を左右したんだろう、どうやってあの舞台は成り立っていたんだろう、という興味である。
劇団番町ボーイズ☆×10神ACTORコラボ公演であり先方の糸川くん、こちらの坂田くんとをトップに立てた陣営ではあるが、チーム分けは番ボVS10神、というわけではなく、というかそもそも人数の偏りがものすごく大きい(餡之丞☆チームで対戦に当たるのが千代太☆、柚之介☆、喜界先生◎、常吉☆、寺数◎+応援する益兵衛☆、饅次☆。対して天使郎◎チームにいるのは藤次◎のみである。☆が番ボで◎が10神)。上述の何が投票要因にせよ、天使郎チームが通算イーブンにまで持っていったのは結構大変な事態だったのではなかろうか。
とりあえず、天使郎さまを福岡初日1票差の負けで迎えさせてしまってからの2日めダブルスコアは修羅の民総力戦って感じで個人的にはめちゃくちゃ興奮した。えぇ私も投じましたけども。




日替わり要素、対決、通算成績。そこにはリピーターを呼び込み購買に繋げる興行的側面も当然あるだろうし喜界先生の言葉はある意味その措置を立てることへのエクスキューズかもしれない。だから何だ。それまでを包含して仕立てられた物語は尚、尚面白い。
大阪一緒に入ってくれた友達に「栞さんがよく言ってる『まごりゅう』絡みなかったね?」と言われたがその通りで気付いてみれば作中喜界先生と天使郎さまは本当に絡みがなかったのだが、喜界先生のタイムリープ(+タイムマシンによる時間跳躍)と天使郎さまの「うまれかわり」はどちらが強いのかとか、そういうのを考え出すとオタクの頭はフルスロットルでもう煙が立ちそうである。天使郎さまおいくつであらせられますかチャレンジin握手会も失敗した。無理。





全か欠片か中のみか外を乗せるか、どうやって見るも正解はなくすべては同時に成立する。ただしすべてにおいて言えるのは「閉じたループに再現性はない」ということだ。『甘くはないぜ!3』を幾度も繰り返したループ、それをリアルタイムで体感できた興奮がただ残る。
己の目ですべてを見る。レイヤーは自分で選ぶ。渦中に身を投げ出し自ら目撃することの放つ抗いがたい魔力が、私を再び現場へと走らせるのだ。


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4も待ってます

*1:その後ちゃんと現代には帰れました

お前はその愛を外から見たかーー劇団番町ボーイズ☆×10神ACTORコラボ公演『甘くはないぜ!3』<オモテ>

初めての大阪公演!と福岡に入ってきました。
まずはあらすじをと思ったのですが自分で書いてたら2500字とかまた長くなってきたのと解禁時の公式と実際がちょっとずれているので、公式をもじる形で初めにちょっくら。


<あらすじ>

激動の時代の中、日本で初めてチョコレートを作った(!?)サムライたちの物語。
……時は幕末。世の中が大きく変わろうとしていた時代。
ひょんなきっかけで、その時代にタイムスリップしてしまったショコラティエの主人公。

そこで出くわしたのは、長崎を追われた侍や騒がしい長屋の住人たち、愛を謳うキリシタン旧幕府軍を掃討せんとする新政府。
それぞれの決意や守りたいものが、立場が異なるなら力を持って争うしかないのか? いいや違う。行なわれることになったのは「しょこらとる」対決。
「茶の席での友好を」と願いを込めて。死ぬことを厭わず武器を向け合うのではなく、思うまま自由に生きようという気持ちを胸に。

激動の時代の渦にのみこまれつつ、主人公は最高のチョコを作り上げ、元の時代に戻ることが出来るのか……!?
壮大な歴史ロマンを、甘ーいチョコレートでコーティングした、 日本初、幕末スイーツバトル演劇。


自分で書いた細かい方も最後に置いときます。



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よい顔。


ーーーー
1853年黒船来航を始期とする「幕末」の終わりの定義には67大政奉還、68江戸開城、69箱館戦争終結、71廃藩置県等々揺らぎがあるらしく、新旧統治陣営が混在していた時期を単純に二分することはできないのだろう。だからこそこれらの流れは視点を変えれば「明治維新」の端緒とも言える。
それでも確かに『甘くはないぜ!3』は、「維新」ではなく「幕末」の物語だった。
これは、過去を切り捨て袂を分かっていくのではなく、残した思いを引き連れて、自分を見つめ共に行く人々の話だったのだから。




導入の語り部として常吉が顔を出しはしたが、実質的なストーリーテラーはスコーン卿であっただろう。スイーツバトルを提案したのも彼であるが、OP前には葛切に向けよりよい未来への期待を投げ掛け、そうしてまた大団円ののちに「新しい風が吹くでしょう!」と言葉を残したその導き手としての態度は一貫している。

反面、俯瞰、というのは渦中の人間には難しいことだ。もやもやしたものを抱えて、自分に自信がなくて、でもこんな自分でもいいんだ、と実際に思えるようになるには結局「自分が」何かに直面することでしか叶わない。現代からタイムスリップしてきた千代太はショコラティエを選んだ道筋に迷っていたが、幕末の仲間と共に得た体験(それは勝っても負けても)を越えて自分を取り戻していく。侍でありながら剣術が不得手であった餡之丞も、場を戦ではなく友好の一歩へと転換することで刀を有用とすることができた。スイーツバトルへ向け奮闘する中で千代太は興奮して声を上げるのだ。「ようやく役に立つときが来たんですよ!僕も、その刀も!!」

また対決後のエンディングでは、いくつかの縁が結び付き直す。
新旧軍勢として過去に斬り結んだことのある葛切と饅次は酒仲間として。弾圧を挟んでいた政府の聖護院とキリシタンの天使郎は「仲直り」を。そうして慕情故に嫉妬に苦しむ寺数は同じく天使郎から愛を教わった藤次に、他の考え方を示してくれる喜多衛門に、"推し"を支える益兵衛に、多くの手を向けられて歩き出す。柚之介もまた、戦うことも死ぬことも選べなかった幼さから抜け出し、「生きる」道を拓く姿を見つけていた。

あるいはその契機となった饅次と柚之介のシーンで明確に言葉にされるが、この物語の彼らは決して完璧ではない。それどころかちょっとおかしいくらいに自由で、それこそ芝居役者にのめり込み"推し活"に多大なエネルギーを注ぎ込む益兵衛であれ、他人の評価がどうであろうと好きに生きる喜界であれ、彼らは歪で、だからこそどこか愛おしい。



スコーン卿が初めに未来を示唆し葛切が応えたタイミングで「現代の」悩める千代太の登場が交差し、千代太が神頼みする場面から「神様の子」天使郎と寺数のくだりが映るなど、この舞台は数多くのシーンが同時に折り重なる。そうした舞台の手前と奥、上手下手の構成の絡まり具合は、座組の人数の多さも相まって一見での陣営の整理がなかなかに難しかった(己の理解力はひとまず置いて)。またその整理の立ちゆかなさは、千代太の置きどころが埋もれてしまっていたせいではないかな、などとも思う。例えば影が薄いなら影が薄い、頼りないなら頼りないという面こそを強調しなければ主人公としての演出は事足りないわけで、本当に影が薄くては話を引っ張る存在としては認識しづらい。この場合、千代太の影が薄いわけではなくて他のキャラが濃すぎるというのが正しいだろうけども…!
この物語の雑多さは、千代太ー餡之丞ー天使郎という三角形が決して綺麗に出来上がってはいないことによったのだろうな、と思う*1

ただし、私は批判として述べているわけではない。先も言った通りだ。
「歪だからこそ愛おしい」。
これが明確に「千代太が主人公の」物語として練られあまりにすっきりしすぎていては、おそらく物足りなかったのではないだろうか*2。雑多で、それぞれが己の人生を暴れまわって、皆が涙が出るほど笑ってしまうような。そんな物語だった。




私がよく引く本に、こうした言葉がある。

「愛」というのは、もともとはっきりと対象をみさだめて、その存在をたいせつにし、いとおしむことである。目のまえに存在しない対象への渇望感とは、かなりちがう。いま、ここに、存在している対象の、美点も欠点もわきまえて、それでもなおその対象をたいせつにする行為だろう。
*3


みんな、みんなおかしくてかわいくて大好きでした。
だとすれば、私がこの舞台で得たのは紛れもなく「愛」なのです。








<あらすじ長文版>

新政府軍と旧幕府軍の戦火が続く明治元年戊辰戦争の端緒である鳥羽・伏見においては新政府が勝利を収め、その形勢は次第に傾きつつあった。

幕府軍の大敗より数日。ただでさえ旗色の悪い長崎奉行所に、奉行・河津祐邦が出奔したとの報が入った。しかし残された侍・天見餡之丞(糸川)は、指導者を失う状況にも関わらず軽快に受け止め、遊撃隊士・胡桃柚之介(矢代)の非難もかわし後追いで長崎を出ようとする始末。2人は薩摩の追手である葛切黒蜜(佐藤)、織吾藤次(三岳)や兵(青木)らから逃げ切るも、そこにはタフィー・ナッツ将軍(南米)、クロテッド・スコーン卿(関岡)等米英の思惑も絡む。世情は混迷を極めていた。
「あなた方新政府に投資するのは、未来をよりよいものにするためです」
「もちろんつくってみせますよ。この国の輝かしい未来を!」
残された卿の台詞に一人返す葛切。
時は幕末。
世の中が大きく変わろうとしていた時代。

<OP>

時が流れた現代。
ショコラティエの青年・加賀尾千代太(二葉要)は頭を抱えていた。一大イベントであるバレンタインへのプレッシャー、店長としての責任、それらのせいで自ら買い込んでしまうチョコレートと反比例して減っていくお金…。おかしな両親も当てにならず、なぜこの職業を選んでしまったのかとまで悩み始める千代太は、偶然出会った有名パティシエ・天見団護(糸川二役)に激励を受け、傍らのお稲荷様に願を懸ける。先祖の代から自分の仕事は決まっていたような気がする、そう力強く言う団護を思うと頼りなくもへたれた気持ちだけれども、どうか、どうか、バレンタインがうまく行きますようにと。

神への願いが重なるように、場面は再び幕末へと戻る。
新政府からの苛烈な弾圧の中にあるキリシタンたち。甘草天使郎(坂田)、埴井寺数(松島)もその難の例外ではなく、殊に”天草四郎のうまわかわり”とされる天使郎への追撃は鋭いものであった。天使郎は敵にすらも愛を向け、寺数を逃がしてひとり投降することを選ぶ。成す術もなく、世の不条理な有りように憤る寺数。彼は力尽きたところを商人・番町屋喜多衛門(佐田※福岡公演)に拾われ、急速に金の力に目を眩ませていく。

そうして。
いつの間に眠ってしまっていたのか、千代太が目を覚ますと辺りは様変わりしていた。現代の東京にいたはずが、ここは明治元年、博多改め福岡だという。訳も分からず行く当てもない千代太は、神社で出会った飴売りの常吉(西原)からひとまずの宿として長屋を紹介される。
折しも長屋では、大家の加賀尾益兵衛(二葉勇)が喜多衛門、寺数から借金の返済を迫られていたところだった。和菓子屋の傍ら勤しむ歌舞伎役者への”推し活"と、借金との天秤に嘆く益兵衛。店子と言えば謎の発明家・安納喜界(馬越)に酒と博打ばかりの侍・酒蒸饅次(堂本)、誰もかれもちゃらんぽらんで普通でないし、そこへ常吉がまた得体のしれない千代太を勝手に連れてくるものだから悩みが尽きるわけもない。
その喧騒の中で話題に上がった「しょこらとる」。南蛮渡来の甘い菓子だという。千代太はそれがチョコレートであることに気が付くものの、自分がショコラティエであること含め、アクの強い面々の前では流されうやむやになってしまうのだった。


その頃、長崎を発った餡之丞と柚之介、彼らを追う葛切と藤次にナッツ将軍とスコーン卿、また捕らえたキリシタンの視察に下ってきた公家・聖護院是清(織部)らもまたそれぞれ、福岡に集っていた。餡之丞とスコーン卿は別々の場所で、尚、異口同音に願いを謳う。「武力ではなく、茶の席での友好を」と。
また新政府のキリシタン弾圧に難色を示すスコーン卿は、新聞記者・小倉羹羊(梶原)をうまく使い、天使郎の解放及び日本との交渉を立ち行かせる案を巡らせはじめる。

その夜はちょうど祭り。皆が浮かれる音を遠くに聞きながら、藤次は牢中の天使郎と邂逅を果たしていた。百姓の出であり、力を求めるために自ら刀を持った藤次は、"天草四郎のうまれかわり"に何を武器として戦ったのかを問うも、それは愛だと言われ思わず悪態をつく。そんなもので勝てるわけがない。愛など、そんなもので強くなれるわけが。反発する藤次に天使郎は、ただ当たり前のことのように、愛の強さを諭していく。

一方長屋の面々は、寺数の発案による新ビジネスとして「しょこらとる」の開発を言い渡されていた。ここに至っても千代太は取り合ってもらえないまま。またもや常吉が連れ込んだ"訳あり"餡之丞、柚之介も巻き込みつつ、喜界主導の「しょこらとる」づくりは大混乱である。
満足そうに賑やかさから離れる饅次。派手な着物で酒に浸る様を柚之介から批判された饅次は、仲間は武士の誇りを胸に2年前の戦場で皆死んでしまったと明かし、これからは自分で自分のことを自由に決められる時代が来る、そのためには真正面から頑なに向き合うだけではない、生き延びて楽しむことが先決だと説く。この長屋の連中がいい手本だと笑いながら。
そこへ葛切、藤次が現れた。長屋に餡之丞たちがいることを探し当てたのだ。やはり真っ向から向かっていく柚之介を引き止め逃がす饅次。騒ぎを収めてくれと益兵衛に請われ渦中に餡之丞が登場するも、いざ刀を抜いてみれば剣術の腕は一同が呆気にとられるほどの間抜けさで場は混乱するばかり。

これ以上迷惑はかけられないと身柄を差し出す餡之丞と柚之介、2人を突き出して得た金を"推し”に遣うことなどできないと引き止める益兵衛、一方で金がなければ借金も返せず長屋が立ち行かないと収拾のつかない事態に、スコーン卿、ナッツ将軍が揚々と躍り出る。2人を捕らえるか見逃すかのその処遇、新政府と旧幕府の争いを、「しょこらとる」の対決で決めようと言うのだ。
武器を向け合うのではなく、誰かを殺すのではなく、菓子による勝負を。


餡之丞や長屋の住人たちの命運は、この国の未来をつくりたいと願う大人たちの思いは、天使郎が諭す愛の行方は。
そうして千代太はショコラティエとしての自分を取戻し、現代に帰れるのか。
かくして、ここに幕末スイーツバトルが決せられるのであった。

*1:本当に要くん云々の役者の話じゃなくて、単純に演出側のバランスとして。対決という趣旨もあるので餡之丞さまと天使郎も前に立てないといけないし、番手のつくり方の問題だろうなぁ

*2:コミカライズとかするなら千代太の一本線通した方が読みやすいと思うけど

*3:I call your nameless name now./ジャニヲタ英語部投稿の日本語版 - 一度や二度の悲しみじゃなくて http://bookmared.hatenablog.com/entry/2016/05/01/001525

被爆マリア像とくまモンと真田佑馬と私

 

前置き。私はこんな感じでらぶ担ではないのはご承知おきください。(別にこの記事において害意はないのですが念のため)

bookmared.hatenablog.com

 

あと、別に結論はなくて前から呟きたかったことをこの機にただつらつらと書き留めた雑記です。

 

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去年の10アクツアーで長崎に行ったときに泊まったお宿に、オプションでミサ体験というのがあったんですね。家も学校も専攻も特定の宗教に拠ったところではなかったので、そもそも「信仰」というものが自分の中に根っこがなくて、それでも一生をかけて自分の中に軸を建てて生きていく人たちに感じるある種の憧憬というか興味があって、参加することにしました。

そこは長崎でも有数の教会で、平日のその日も朝6時という時間から数十人がいたと思います。登壇する人のお話に合わせてするすると誰も戸惑うことなく進む場。備え付けの長机に忍ばされた讃美歌集は私たち部外者でも手にとって良くて、次に歌う歌の番号は左右前方に銀行の呼び出し表示みたいにデジタルで映されていて少しおかしかった。親切。

 

終わりしなには外の公園のラジオ体操の声が混じる。ここは日常なのだ。私が知らない、日常。元々私の見識も狭いのは知っているけど、違う世界に来たみたいだった。いろいろな言葉が、今私の前方にいる人々には、なんなら宿から引率してくれた少ししょぼくれたようなおいさんにも、私とはまるで違う血肉を持ったものとして吸収されていくのだ、と思うと、不思議な気持ちがしてしょうがなかった。彼は私ともう一人の参加者がはぁほぉとページをめくる横で、着席するなり目を閉じて、皆と同じように小さな声を紡ぎ始めていたのだから。

大きな教会だけあって、正面に掲げられたキリストもおそらく人よりも大きかった。

磔刑に処された姿を眼前に居並ぶのは、彼らにとって後ろめたくとか、ないのだろうか。きちんと信仰について修めたことがかけらもない私は、そんなことばかりを考えていた。

 

 

7時前にミサが終わってステンドグラスの説明を受けた後に、入り口近くに残された像へと連れられた。被爆マリア像という。長崎の爆心地に程近かった教会は破壊され、その瓦礫の中から見つかったものだ。

 

 

実をいうと、それがどんな風に損壊していたか、どんな表情をしていたかはあまり覚えていない。ただ、磔のキリスト像を見上げた後にこのような言葉が綴られていたことに私は粟立ったのだ。

私には、その像を「それ」と呼んでいいのか、「彼女」と呼ぶべきなのかすら判断の基準がない。一方でこの言葉を連ねた誰かにとっては、「彼女」は一部となっても尚信仰すべき対象なのだ。おそろしくなったのは、「その痛ましさこそがその価値を高めさせている」とも考えられてしまうからだった。

 

「これは石像であって確実に人がつくったものだからそういう心配はないけど、例えば『人は理解していないけれど言葉を発している生き物』をこの位置に据えていたとしたら?活け作りにされる動物や魚の鳴き声をさておいて人は傷をつけて締めてしまうけれど、例えば他の人には分からない声で痛みや悲鳴を上げる存在を、『尊いですね、それでこそ』って言ってたらめちゃくちゃ怖くない?」などということを考えたりした。芋虫のようにもがれた生け贄を想像してしまってひとりでめっちゃ怖かった。

 

 

ただ一応、こわい、というような言い草は無知識による無理解、曲解であるとは分かっているつもりなので、ちゃんと勉強してみたいなぁ、というところで終わっていたのだ。

 

 

ところで次のツイートは、それから5日後のものである。

 

 

くまモンの話だ。ちょうど先日NHKのプロフェッショナルでも特集されていた通り彼(?)については伝記も描かれていて、熊本県庁のプロジェクトチームの紹介、というわけではなくてモノローグも彼のものとして構成され彼のくま生が綴られている。東日本大震災が、見開き一面を黒くベタ塗りされたページで再現される。熊本地震の後、できることはないと自分の意義を見失う姿が描かれる。それでもそこから、「みんなを元気付けてあげて」という声に後押しされて出向いた避難所において、彼は歓声を以て出迎えられる。キャラクターが、エンタテインメントがだからこそ非常時に必要とされるのだという話は10アクにハマったときからも考えていて、その力の大きさを思うと読んでいて素直に涙が出た。侮るなかれ、良い本です。

 

 

これもこのときはフォロワー諸氏と少し話して、終わっていた。

けれどしばらくして思い至ったのだ。

「これって同じ構図じゃないの?」と。

人ではないものに人のような役割を見出だして、かつ、それはただの人というものではなくて有事の際の心の頼りとされる。損壊したマリア像だからこそなおさらに信仰を集める。二度の震災を乗り越えたことを含めて、物語化される。

繰り返す通り私は信仰を危険なものだとして考えたいわけではないし、ましてや災害を物語に含むことを安易などとは決して言うつもりではない。二者はどちらも拠り所としてその折その折に確かに成立してきた。だけれど私の感情は分岐したのだ。被爆マリア像への言葉を見たときに粟立ったことも、一方でくまモンの伝記に涙ぐんだことも、両方ともが事実だった。

そのおそろしさと感銘の線引きはどこにあるのか。冒頭にも書いた通り結論はない。というか仮説もない。ただ私が今この話を引きたいのは、私の担当がこの世界に帰ってきたからだ。

などという言い方をするとちょっと電波だが。

 

真田佑馬が、ツイッターに現れたのだ。

正直、音楽を携えて戻ってきたことに心はもやもやした。それは私が彼の事務所での最後のユニットにヘイトを抱えていたからだし、彼のお芝居をずっと見たい、そちらの世界に生きていてほしい、と思ったからだ。けれど、そう思った後に声が響く。「芝居なら、まだ彼にフィルターをかけていられるからじゃないのか?」。自作曲であれば、(もちろんフィクションを手掛けるのに長けた人もいるだろうが)そこにはかなりの純度で「彼本人が」透けて手に取れるだろう。それを厭んでいるんだろう?、私が思って願って望んでいた彼とはもう違うかもしれない、けれど芝居ならそこにある彼の声は、彼の姿は、「私が解釈できる」。そうであってほしいから、私は歌う彼をまだ遠ざけているんだろう?と。

私の目の前のマリア像は私の理解と違う声を上げているかもしれないというのに。

今これを書いていて悲鳴を上げそうだ。だって、そうじゃないって誰が言い切れる? ついでにいうと、歌を厭う、ということそのものもしんどい。去年の行ってよかった現場にライブを挙げて歌の力に涙したのも事実だし、彼が在籍中最後に立った舞台は『ダニー・ボーイズ~いつも笑顔で歌を~』だ。歌うことで愛されたい、歌うことで幸せでいたい。そのメッセージに反してしまってここに立っている自分がつらい。

 

 

以前のブログで「私の源流はスケバン刑事麻宮サキで」、なんていう話をしていて、その短いからこそ華のように鮮やかに生きそうして散っていった彼女のような姿を三次元においても求めているのだとしたらしんどいなぁという話をその頃にもしていた。

 

bookmared.hatenablog.com

 

スケバン刑事には原型とも言える(実際作品自体は同じ時系列にある)『大逃亡』という話があって、サキはその主人公たる少女と生き様がまるで似ているようだ、と言われる場面がある。皮肉にも、彼女の名は、マリアという。

 

 

 

言うまでもなく、刹那性は三次元コンテンツの専売特許ではありえない。

この点において三次元のアイドルが固有の意義を持ちうるとすれば、刹那の高揚が消費された余韻の「その後」の生と消滅を、アイドルとして生きた身体が引き受けるという重さによってである。

 

bookmared.hatenablog.com

 

 

 

彼は生きている。

私は、これからの彼を自分の思う石型にはめていきはしないだろうか。

そうしないようにありたい。

元気でいてくれる彼を、自分の言葉を届けようとしてくれる彼を、受け止められるようになりたい。

誰かを一心に見つめるということは時に危うさを孕むだろうけども、せめて、その危うさを自覚して、どうにか正しく生きていきたい。いやまぁ正しいって言葉も危ないけどね。

 

どうにか晴れやかに、真田担シーズン2としてありたいものです。