一度や二度の悲しみじゃなくて

だいたい野澤と真田の話をしています

Drink undrinkable ーーシノギ(Dead Pools)につき一説

水はどういった容器に入れどれだけ傾けようと自ら水平を保つ。だからこそ一見無関係でありそうな「法」という字の部首はさんずいなのだという説を昔聞いてなるほどなぁと思ったことがある*1。平らかにあれ、平等にあれ、公平にあるための寄る辺となれと。

この記憶が引きずり出されたのは、MAD TRIGGER CREW『シノギ(Dead Pools)』の全体があまりにも、暗々とした海/液体のイメージで一貫し作り上げられていたからだった。



ヒプノシスマイクにおいてヨコハマとカナに開かれた地名そのものに最早表意は読み取れないが、現実の私たちはそれが海に開けた地であることを知っている(また作中でもそこが「みなとみらい」と冠されていることは明らかにされている)。これは他の3ディビジョンにはない特徴であり、だからこそその情景を描く上で有意に働く。
単純な背景セットの話ではない。言葉の選択、引いてはそれらが立ち上げる匂いと感触の話だ。


左馬刻が声にする「泳いでる」「プール」は連なったイメージとして分かりやすいだろう。水中を行き交うように自由にすれ違う人々。好きなだけ「泳が」された対象たちが住む場は、理鶯に「なみなみと注がれた欲望のプール」と再起されることで個体/固体ではなくやはり液体のイメージを提示する。それをMTCが「飲み干す」のだ。
そうして銃兎のイメージ形成は更に作為的である。「金と暴力にまみれ溺れ」るという一定程度の定型の後に「毒も皿まで飲み込める」と続けられたそれは、“毒を食らわば皿まで”という成句を捻り切っているのだから。*2



この曲において“食う”というのは左馬刻冒頭の「顔で食ってる商売」と銃兎の「正義とやらでおまんまが食えてるならば」の2箇所のみで、それらは両者とも、典型的な字義ではなく転じた“生活をする”という意味合いに絞って使われている*3。もっと平たく言えばそれは“生きる”、である。


彼らの生き方はきっと"飲む"ことなのだ。噛んで千切って吐き出す好悪選択の余地はない、「全て」を「飲み干」して、生きる。*4





頭の一説を思い出した後軽い気持ちで、ヤクザと警察というある意味法に近しい者、「ドクトリン」を掲げる軍人をヨコハマに配置するのもなるほどかなぁ、などと思ったりした。



左馬刻がいちばん初めに提示した言葉は「Life is not fair.(公平なものなど存在しない)」である。*5
海の街ヨコハマで「全て」を「飲み干」して強くあろうと生きる君とMTCは、ある意味公平かもしれないね。




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*1:そもそも「法」の元の形はかなり複雑で右上に霊獣を表すパーツがついており、字義の成り立ちにはそれを踏まえる必要があるとする http://kanjibunka.com/kanji-faq/mean/q0302/ ただ一応やはり一説として水の性質を考慮に入れたものもあるようである http://kanjibunka.com/kanji-faq/mean/q0342/

*2:https://kotobank.jp/word/%E6%AF%92%E3%82%92%E9%A3%9F%E3%82%89%E3%82%8F%E3%81%B0%E7%9A%BF%E3%81%BE%E3%81%A7-582415

*3:https://kotobank.jp/word/%E9%A3%9F%E3%81%86-482263

*4:https://kotobank.jp/word/%E9%A3%B2%E3%82%80-597428

*5:https://hypnosismic.com/character/yokohama/mr_hc/